「なぜ日本ではお茶が無料なのか?」海外ゲストからの問いが教えてくれた、レストランサービスにおける日本茶の可能性
- 本郷 孝人

- 7月1日
- 読了時間: 6分
日本の文化としての「お茶」、レストランサービス現場からできること
連載|テーブルの仲人の考えごと 第8回
横浜のホテルバーからキャリアを始め、インポーター営業、総合食品酒類卸売、量販店の現場管理、ラグジュアリーホテルのソムリエからビバレッジマネージャーまで、料飲の現場を多角的に歩んできた本郷孝人が、テーブルを囲むゲストとお料理、そしてドリンクの”あいだ”に立つ仲人の視点から、日々のサービスで考えていることを綴る連載。第8回のテーマは「日本茶」。海外ゲストから投げかけられた「なぜお茶が無料なのか?」という問いをきっかけに、本郷さんが感じた違和感とは何だったのか。茶道とは異なる、レストランサービスの観点から日本のお茶文化を発信していく可能性を読み解きます。
文|シェ・フルール横濱 本郷 孝人
構成・編集|Apoptosis 尾崎 眞子
海外ゲストの問いから始まった気づき──「なぜお茶が無料なのか?」
数年前、ホテルのメインダイニングでサービスをしていた頃のことです。ディナーのアフタードリンクで、メニューに記載されていないのに、海外のゲストから「グリーンティー(緑茶)」をリクエストされる方が増えたな、と感じていました。

そんなある日、横浜に寄港したクルーズの寄港地泊でのディナーのご利用の際に、海外ゲストのご夫妻からこのような質問を受けました。
「なぜお茶が無料なのか?」
その真意は、こうでした。このご夫妻は日本茶がお好きでご自宅でも愛飲されているとのこと。決して安くはない日本茶を高級食材スーパーで購入されているにもかかわらず、日本では「お茶」が無料で、しかも美味しく提供されていることに、驚き、そして疑問を感じていらっしゃるということでした。
その質問に対して、迷うことなく、
「それが、日本の”お・も・て・な・し”の文化です!」
とお伝えしました。
そうお伝えした一方で、ある違和感を感じていました。
それは、日本には「茶道」という誇るべき文化があるものの、食事の現場では、日本茶の価値観を上げられておらず、むしろ軽視して下げているのではないか、という気づきでした。
昭和・平成・令和、「お茶」の変遷──急須とやかんから、ペットボトルの時代へ
昭和、平成、令和。「お茶」の変遷を、自分の実体験から考察してみます。
昭和。自宅では、祖母は急須で煎茶や番茶を、父は仕事が台湾とのご縁からか鉄観音茶やプーアル茶を愛飲し、母は夏には大きなやかんで麦茶を煮出してくれていたことを記憶しています。いずれにしても、昭和のお茶と言えば、あくまでも持論ですが、お急須とやかんの時代だったように思います。

平成。「水を買う時代から、お茶を買う時代へ」となっていったように思います。ミネラルウォーターが市場に出回り生活に入り込み始めたのと時を同じくして、清涼飲料水分類での烏龍茶の缶からペットボトル、そして緑茶が市場に出回るようになってきたのではないかと記憶しています。
令和。コンビニのラインナップを見れば、ミネラルウォーターやジュースを抑えて、お茶の種類の数だけを見ても、世界でも類を見ないバリエーションになっているように感じています。

<Apoptosis編集部より:煎茶とペットボトル緑茶の歴史>
私たちが日常的に飲んでいる「煎茶」の原型が生まれたのは、江戸時代中期にさかのぼります。1738年(元文3年)、京都・宇治田原郷の永谷宗円(ながたにそうえん)が15年の歳月をかけて「青製煎茶製法」を考案したことが、現代の煎茶の出発点とされています。新芽だけを蒸して焙炉(ほいろ)で揉みながら乾燥させるこの製法によって、それまでの赤茶色のお茶から、現在私たちが知る薄緑色で香り高いお茶へと進化しました。
そして時代は飛んで現代。お茶が「淹れるもの」から「買うもの」へと変わる転換点となったのは、1980年代から1990年代にかけてのペットボトル革命でした。伊藤園が1980年に世界初の無糖茶飲料「缶入り烏龍茶」を発売し、1985年には「缶入り煎茶」を、1990年には世界初のペットボトル入り緑茶飲料(1.5L)を発売。本郷さんが指摘される「烏龍茶の缶からペットボトル、そして緑茶へ」という流れは、まさにこの製品開発の歴史と一致しています。1996年の500mlペットボトルの登場以降、緑茶飲料市場は急拡大し、現在では約4,000億円規模に成長しています。
つまり私たちが「当たり前」と思っているペットボトル緑茶の歴史は、まだ30年余り。本郷さんが描く昭和の急須から令和のコンビニ棚に至る変遷の背景には、こうした製造技術と市場形成の物語があります。
出典:
- 伊藤園「ブランドヒストリー|お〜いお茶」https://www.itoen.jp/oiocha/brand/
- お茶百科「日本におけるお茶の飲料化」
https://www.ocha.tv/history/japanese_tea_history/drink/
- Wikipedia「永谷宗円」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E8%B0%B7%E5%AE%97%E5%86%86
レストランサービスの現場から発信する、日本の文化としての「お茶」
そして今、世界的なパンデミックを経て、健康志向や若年層のアルコール離れといった流れが後押しするかのように、ノンアルコール市場が活況となってきています。
昨年、縁あって京都の宇治に行く機会がありました。
電車で宇治に近づくにつれて、手前の駅に停車してドアが開くたびに、お茶の香りが漂ってきて、宇治駅に着くと街中がお茶の香りに包まれていて──とても心地よく、癒された体験でした。

このような体験を通じて、改めて感じたことがあります。
それは、「茶道」とは違う、食中および食後に楽しむというレストランサービスの観点から、日本の文化としての「お茶」の素晴らしさを発信していきたい、いかなければならないという、ある種の使命感のようなものを感じている次第です。
ビバレッジコーディネーターとして、日本茶の素晴らしさを発信する
海外ゲストからの質問をきっかけに、Apoptosisさんとのご縁があって、日本の文化としての「お茶」をレストランサービスの現場から、ボトリングティーやスパークリングティー、アフタードリンクでも日本茶を組み込むなどして、その素晴らしさを表現し、伝え、発信できる機会に恵まれたことに感謝しつつ、日々アップデートして、ビバレッジコーディネーターとして使命感を持って取り組んでいけたらと考えています。
そのプロセスや内容については、いずれかの連載の機会に寄稿させていただけたらと思います。最後になりましたが、記事構成していただく尾崎さんには、この場をお借りして感謝申し上げます。
執筆者プロフィール
本郷 孝人(ほんごう たかひと) シェ・フルール横濱
ビバレッジコーディネーター
1971年、神奈川県横浜市生まれ。高校卒業後、大学在学中より横浜のホテルのバーからバーテンダーとして料飲サービス業のキャリアをスタート。都内のホテルに勤務したのち、総合酒類小売業、輸入ワインおよび洋酒業、総合食品酒類卸業で、ヴーヴ・クリコ・ジャパン、MHD(モエ・ヘネシー・ディアジオ)などを経て、約25年間にわたり営業職として従事。2019年より飲食店サポート業務を手がけつつ、再びサービス業界へ。福岡のフレンチ「アニオン」、箱根リトリートホテル&ヴィラ by 温故知新、ウエスティンホテル横浜のメインダイニング「アイアンベイ」での勤務を経て、2025年8月よりシェ・フルール横濱の現職。バー、ホテル、インポーター、ディストリビューター、量販店、そしてサービスの現場―飲料をめぐるあらゆる立場を経験してきた視点から、「テーブルマリアージュ」というキーワードを軸に、料飲のあり方を探求し続けている。



