ボトルを見せることから始まるノンアルコールの提案─メゾン ポール・ボキューズがワゴンで運ぶ理由
- Mako Ozaki

- 4 時間前
- 読了時間: 14分

フランス料理の世界で、ポール・ボキューズという名前は特別な響きを持つ。フランス・リヨンの「レストラン ポール・ボキューズ」は、世界的な美食の殿堂であり、料理人はもちろん、サービス人にとっても特別な存在である。その分、扉をくぐるお客様の期待値は高い。その期待に日々応え続けているのが代官山のメゾン ポール・ボキューズである。
メゾン ポール・ボキューズのダイニングでは、乾杯のシャンパーニュと並んで、ノンアルコールのボトルがワゴンに載せられて運ばれてくる。ソムリエとしてワインの管理から、サービスオペレーションまでを担う岡部勇輔さんが設計した光景だ。
今回のインタビューで見えてきたのは、岡部さんのノンアルコール提案が「置く」ことではなく「見せる」ことから設計されているという点。ワゴンでフロアを回ると、お客様の目に留まり、「あれは何?」という一言から会話が始まる。その先にあるのは、飲む人と飲まない人が同じテーブルで対等に楽しめる体験である。
サービスから始まり、ワインへ──オーベルジュ・ド・リル トーキョーで築いた土台
岡部さんのキャリアは、新卒入社で配属されたオーベルジュ・ド・リル トーキョーのサービス人として始まった。約6年の間、当時のシェフソムリエの下で、ワインに触れる機会を少しずつ増やしながら、ソムリエとしての技術を身につけていった。
ただし、ワインだけを扱っていたわけではない。お客様の目の前で料理を捌くデクパージュも含め、サービスの全領域を担ってきた。
「一通りやらないといけないんです。ワインだけというわけにはいかない」
飲料とサービスを分けずに現場に立ってきたこの経験が、後述する「色と味わいから料理に合わせる」提案や、「見せる」演出の土台になっている。
現在は、ワインの管理とサービス、そして店舗運営の一端を担う。日々の軸に置いているのは、お客様に楽しんでいただくこと。そして、もうひとつある。
「ポール・ボキューズというブランドをちゃんと守っていく、というところですね。来た時から、ブランドを守らなきゃいけないとずっと言われてきたので」
ポール・ボキューズというブランドへの期待に、毎朝のすり合わせで応える
メゾン ポール・ボキューズの名前で、お客様がやって来る。代官山という立地も、その性格を強めている。ふらりと立ち寄る場所ではなく、予約をして、ドレスアップをして、目的を持って足を運ぶ場所で、大人のお客様が中心だという。
インバウンドのお客様も、アジア圏を中心に週に数組は訪れる。全体から見れば数パーセントだが、彼らのリアクションは大きく、そして目は厳しい。
「良かったら『すごくいいね』とおっしゃってくださいますし、期待に応えられないと『ここはなんでこうなってるの? ポール・ボキューズでしょ?』と。全体的に見られるんです」

その期待値に応えるための仕組みが、毎朝のミーティングである。予約とリクエストを確認し、このお客様にはこう対応する、料理はこう提供する、と一組ごとにすり合わせる。誕生日には、リヨン本店での伝統に倣った世界的に見ても希少なアンティークのオルゴールを客席で回す。日本でもその世界を体験できるようにした、同店ならではの演出だ。

2025年9月には、大規模な改装を経てリニューアルオープンした。「エコー・ヌーヴォー(新しい響き)」を内装コンセプトに、アール・ヌーヴォー建築の美しさを守りながら、現代的な素材やデザインを重ね合わせた空間へと生まれ変わっている。
「エントランスや待合のスペースでは、基本的には以前のレストランのアール・ヌーヴォーの意匠を残しました。この空間に入ってお待ち合わせをして、ダイニングへ。リニューアルで生まれ変わった空間で、リヨン本店の品格や歴史を感じながら、料理とサービス、そしてその世界観を存分に楽しんでいただきたいんです」
クラシックな意匠で迎えられ、リニューアルで生まれ変わったダイニングへ進む。

転機はコロナ禍。科学で語り、空気を読み、そして「見せる」
岡部さんがノンアルコールに本格的に向き合ったのは、前の店舗にいた頃のコロナ禍だった。アルコールが提供できない。ではどうするか。ノンアルコールワインから始まり、お茶、ジュースへとリストを広げていった。
このとき岡部さんが磨いたのが、根拠のある提案である。たとえばテアニン(アミノ酸)が多い緑茶と、グルタミン酸が多い食材。科学的な相性を紐付けて、「これとこれは合うんです、ちょっと飲んでみてください」と伝える。
一方で、響かないこともある。食事中は水しか飲まない、という習慣をもつお客様も少なくない。押し付けずに、しかし選択肢の存在には気づいてもらう。その答えが「見せる」ことだった。
「ワゴンにおすすめのお飲物を全て並べて各テーブルでご案内するんです。そうすると『あそこ、何かしているな』と目に留まる。『あれは何?』と聞かれた時に、『こういうものなんですけど、飲んでみますか?』という話になるんです」

メゾン ポール・ボキューズに異動後も、このワゴンサービスを基本に据えた。最初のドリンクはシャンパーニュをワゴンに並べてプレゼンし、同時に「ノンアルコールの飲み物もいろいろありますよ」と見せる。着任から約1年をかけて、ノンアルコールのリストも刷新した。かつてフレアバーテンダーとしてパフォーマンスを磨いた経験を持つ岡部さんらしい、「見せる」ことを起点にした設計である。
「見せる」ことへのこだわりは、料理のサービスとも地続きだ。お客様の目の前で行うデクパージュも、ワゴンと同じように「あそこで何かしている」と視線を引き寄せる。そしてこの効果は、改装で変えた客席の配置によっても後押しされているという。
「デクパージュという形で、『何をしているのかな』と、お客様の目線が絶対に行くんです。改装ではテーブルや席の位置にもこだわり、どのお客様からもサービス人の動きが見えるテーブル配置にしています」
以前はお客様同士が対面に座る配置だったため、店内を見渡すには横を向く必要があった。改装後はテーブルを「ハの字」に開き、自然に視線が届くようにした。目に入れば、「次回あれを頼んでみようかな」という次につながる。ドリンクもまた、その視線の先にある。
水しか置かれなかった席に、対等の一杯を
岡部さんは、ノンアルコールペアリングの価値を「対等」という言葉で語る。
「ノンアルコールの方も、ワインを飲んでいる人と同格に楽しめるんです。接待の席でも、ホストの方が『ゲストにはノンアルコールのペアリングをお願いします。こちらは通常通りで大丈夫です』とオーダーできる」
以前なら、飲まない方の前にはボトルの水があるだけだった。どんなに良い水でも、隣でワインのグラスが進む中では、体験の格差が生まれてしまう。ノンアルコールペアリングは、そのギャップを埋める。
実際、ノンアルコールペアリングを予約の段階で指定するお客様も増えてきたという。目の前の同席者がソムリエと会話をしながらグラスを選んでいく横で、自分はずっと同じものを飲むしかなかった。「私もペアリングを楽しめる」ことの意味は大きい。
提案する時の言葉も、対等であることを意識している。うんちくではなく、相手の好みに寄り添う言葉に置き換えることだ。
「フルーツで例えるなら、洋梨系なのか、ライチ系なのか、グレープフルーツみたいな感じがいいのか。それに対して『じゃあ、これはどうですか』というのがわかりやすいかなと」
採用基準は「味わい」と「色」
では、どのような基準でノンアルコールを採用しているのか。岡部さんの答えはクリアで、価格も当然考慮するが、「味わい」と「色」だ。
色、という基準が面白い。岡部さんは料理とドリンクを色でも合わせる。エビの料理にはピンクがかった色を。そして、
「ロゼのワインと、ジャスミンやルイボスティーはほぼ色が一緒なんです。同じものを飲んでいるなという雰囲気になるし、一緒のグラスで出せる」
テーブルの上で、お酒を飲む人と飲まない人のグラスが同じに見える。色は、先の「対等」を視覚から支える要素なのだ。
味わいの基準は、飲み疲れしないこと。アルコールと違って蒸発しない分、ノンアルコールは胃に溜まりやすい。濃すぎるもの、甘すぎるものは途中で止まってしまう。だからシンプルでわかりやすい味を選ぶ。
「あまりお客様に考えさせたくないんです。食事がメインなので」
提供もワインと同じ精度で設計されている。量は単体なら約100cc、ペアリングなら50〜70cc。グラスは乾杯提案ならシャンパングラス、食中に香りを取りたいなら丸みのあるグラスへ。温度は下げすぎず、ただし上げすぎれば甘さが出る。
「慣れ」からの次の一手。リストランテASOの試飲会から始まった導入
Apoptosisとの出会いは、通りの向かいにあるリストランテASOで開催された試飲会だった。当時のメゾン ポール・ボキューズには既に定評のあるボトリングティーが入っていたが、新しい選択肢を探していたタイミングだったという。
「それまでのノンアルコールもすごく良いんですけど、お客様がもう慣れすぎてしまって。何か新しいものが入っていないのかな、と試してみたくなるんです」
試飲を重ねて選ばれたのが、Apoptosisのスパークリングティーと、Apoptosisがキュレーションしたワインオルタナティブドリンク「Non-Alchemist(ノンアルケミスト)」だった。使い分けはシンプルで、Apoptosisのスパークリングティーは食前・乾杯に、スティルのボトリングティーやNon-Alchemistは食中に。なかでもルイボススパークリングティーには、明確な狙いがあった。
「ルイボスティーはなかなか置いているところが少ない。なおかつノンカフェインで、発泡系だったら一杯目に良いなと」
想定したのは、ご懐妊中のお客様と、若い女性同士のお客様。実際に、その提案は好評を得ているという。現在は最初の料理がトマトを使った一皿のため、ルイボスの色をトマトに合わせる提案もしている。
燻製紅茶スパークリングティーは、サクラチップ由来のスモーキーですっきりした味わいを、フィンガーフードやチーズ、炭焼きの料理に。印象的だったのは、お客様側から生まれたペアリングだという。黄色ビーツのムースとパルメザンチーズのサブレのフィンガーフードに合わせて「すごく美味しかった」という声が届いた。
「そういう組み合わせは、したことがなかったなと。なるほど、と」

こうしたスパークリングティーを、岡部さんはお客様の好みを聞きながら出し分ける。
「一番香りが強いのが燻製紅茶なので、ちょっとスモーキーですっきりしたものがよければこちらを。爽やかなハイビスカスやレモングラス系がお好きならルイボスを。もっとシンプルにノンアルコールのスパークリングがよろしければ、こちらもご用意しますよ、と」
Non-Alchemistは、ワインの味わいをアルコールを使わずに再構築したドリンクシリーズだ。白トリュフを効かせた「チロリペカ」は、「トリュフが入った液体」という一言だけでお客様の好奇心を刺激する。カカオハスクとトンカ豆による「ヴァンクリフ」は、カカオを思わせながら甘くなく、余韻が長い。食後にリキュールグラスで供することもある。ジャスミンの香りが立つ「マリカ」もあり、それぞれの個性を食中から食後まで使い分けている。
印象的だったお客様の反応を尋ねると、岡部さんはトリュフの引きの強さとともに、ある一言を挙げた。
「『私、トンカ豆が好きだから、トンカ豆が入っている方がいい』と言われたことがあって。お菓子か何かを作られている方なのかな、と。ドリンクの提案の広がりとともに会話の幅も広がりました」

ルイボスもまた、別の角度から選ばれている。ノンカフェインであることは、カフェインを気にするお客様にもきちんと出せる、という安心につながっている。
そしてワゴンの上では、ボトルそのものが仕事をする。
「ラベルがすごく明るいので、特に若い方は見た時にまず目に行くんです。『これは?』と確実に聞かれます」
小ぶりなボトルサイズも、若いお客様、ご家族、接待と多様なシチュエーションを抱え、一本を無駄にしたくないレストランの運用に合っていると岡部さんは言う。
利益より、認知。スタッフをワゴンに立たせる理由
価格設定は、ルイボスと燻製紅茶で他のノンアルコールスパークリングより400円ほど高く、Non-Alchemistは1杯2,000円前後。単価の向上も多少は見られたが、岡部さんの目的は単価向上ではない。
「正直、ノンアルコールで利益を出そうとはしていないんです。今はお客様に認知していただく段階。当店ではノンアルコールもワイン同様に厳選して用意していることを多くのお客様に知っていただきたい」
認知のための仕組みは、社内にも向けられている。新しい商品は、スタッフ全員で資料を見ながら試飲し、どの料理と合うかを議論した上で、お客様の反応を見て正式に導入する。そして新人スタッフは、早い段階からワゴンサービスに立たせる。
「サービス人としてお客様の前に立つのであれば、ただ頼まれたワインを提供するのではなく、こちらから提案していかなければならない。提案することを躊躇したり萎縮したりしてしまうようでは、良いサービスはできません。もちろん基本を学んだ後ですが、なるべく早い段階でお客様と話す場面を用意します。お客様からの質問や要望に、より多く、より的確に応えられるよう、日々学びを重ねるようになると思うのです」
また、こんなエピソードもある。ある結婚式で、新郎新婦自身はお酒を飲めるものの、親族や友人にアルコールを飲まない方がいるという相談があった。全員が一緒に楽しめるものを、という要望に岡部さんが提案したのが、Non-Alchemistとお茶を3種類ほど並べた「ノンアルコールの格付け」だった。

どれが一番高いか?ワインの格付けを、ノンアルコールでやる趣向である。金額を伝えても、返事はすんなりだったという。
ワインであれば、格付けは知識の勝負になる。だがノンアルコールには、お茶もジュースもあり、そもそも共通の物差しがない。純粋に「美味しさ」で選べるからこそ、その場の全員が同じスタートラインに立てる。
料理がメインである、という軸
ノンアルコールを選ぶ理由は、いまも「飲めない」「今日は車だから」といった消極的なものになりがちだ。だが最近では、この後運動をするから、あるいは単純に料理と合わせたいから、という理由でノンアルコールを積極的に選ぶ人も現れ始めている。「ノンアルコールだから面白い」という選択が広がったとき、この分野の景色は変わるはずだ。
岡部さん自身も、ノンアルコールを本格的にリストへ入れると決めたとき、まずノンアルコール専門のバーに足を運んだという。どんなものがあり、どう供されているのかを、自分の目で見に行った。
今後のノンアルコールについて聞くと、岡部さんは自らの足元を確認するように答えた。
「ポール・ボキューズの主役は料理です。だからこそ、ワインを召し上がる方だけでなく、お酒を飲まれない方にも、ノンアルコールだからこそできる料理との楽しみ方も提案していければと思っています」
料理と相性の良いノンアルコールが増えていけば、いずれワインと同等の存在になる。その未来を見据えながら、今日もワゴンは全ての卓を回る。「あれは何?」という一言から、会話が生まれ、一杯が始まっていく。
【メゾン ポール・ボキューズのポイント】
「置く」のではなく「見せる」
ワゴンにシャンパーニュとノンアルコールのボトルを並べてフロアを回り、「あれは何?」という一言から会話を始める。デクパージュや「ハの字」に開いた客席の配置も含め、視線を引き寄せる仕掛けが店全体に貫かれている。
ノンアルコールを「対等の一杯」として設計する
ノンアルコールペアリングでコースを楽しめるようにする。ロゼと色の重なるルイボスを同じグラスで出すなど、ワインと遜色ない形で提供することで、飲む人と飲まない人の体験の格差を埋めている。
採用基準は「味わい」と「色」
料理と色で合わせたり、飲み疲れしないようにシンプルな味を選ぶ。「あまりお客様に考えさせたくない、食事がメインなので」という考えに基づきつつ、量やグラスの使い分けはワインと同じく細かく設計されている。
利益より、まず認知
価格差はわずかに設定し、単価向上よりも「ワイン同様に厳選して提供している」という姿勢が伝わることを優先する。
【メゾン ポール・ボキューズで導入中のApoptosis商品】
希少性の高いルイボスグリーンにハーブの香りが重なり、ブルーベリーやクランベリーを思わせるアロマ。甘くない大人の味わいで、ノンカフェイン。メゾン ポール・ボキューズでは、ご懐妊中のお客様や若いお客様への乾杯の一杯として、またトマトを使った一皿との色合わせで活躍している。

サクラチップで燻した茶葉由来の香ばしい燻製香と、凝縮された旨みが広がる飲みごたえのあるスパークリングティー。フィンガーフードやチーズ、炭焼きの料理に。お客様発のペアリングが生まれた一本でもある。

3. Non-Alchemist(ノンアルケミスト)
Apoptosisが取り扱う、株式会社TETOTETOのオルタナティブアルコールブランド。アルコールを一切使わず、果汁やハーブ、スパイスでワインの味わいを再構築したドリンクシリーズ。メゾン ポール・ボキューズでは主に食中から食後にかけて提供している。
チロリペカ:白トリュフの香りをまとった、白ワインを思わせる一本。「トリュフが入った液体」という言葉が惹きになる。

ヴァンクリフ:カカオハスクとトンカ豆による、オレンジワインのような余韻の長い味わい。甘さは控えめで、食後にも。

マリカ:ジャスミンが華やかに香る、ロゼのような一本。

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Apoptosisは、ホテル・レストラン向けに多彩なノンアルコールドリンクを開発・キュレーション・提供しています。Contactからお気軽にお問い合わせください。
店舗情報:
メゾン ポール・ボキューズ
〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町17-16 代官山フォーラム B1F
取材協力:岡部勇輔さん(メゾン ポール・ボキューズ)
取材日:2026年6月



