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テロワールとは何か——アルコール・ノンアルコールを越えて概念を解体する

更新日:4月6日



連載|ソムリエの論あるノンアル 第01回

「Best Sake List in Japan」「Most Original Wine List in Asia」など国際的な受賞歴を持つソムリエ・中村ローレンス義仁が、ノンアルコール飲料をプロの論理で読み解く連載。第1回のテーマは「テロワールとは何か」。

テロワール(terroir)とは、土地・気候・人の技術・文化・体験が重なり合って生まれる、その産地ならではの個性のことです。ワインの世界で生まれたこの概念は今、お茶・コーヒー・日本酒など多くの飲料に広がっています。本稿では語源からその構造を読み解きます。


文|ソムリエ 中村 ローレンス 義仁



目次

1.  テロワールとは何か——語源から考える

2.  自然のリズムとは、地球の時間そのもの

3.  自然だけでは酒は生まれない——人の芸術性

4.  Terroir = 自然 + 人 + 技術 + 文化 + 体験

5.  わからないままでも楽しめる——テロワールのロマン



1. テロワールとは何か——語源から考える

最近、お茶の仕事をしていると「お茶にもワインのようなテロワールはあるのか」とよく聞かれます。実際、近年はお茶、コーヒー、チョコレート、チーズなど、さまざまな飲料や食品の世界で「テロワール」という言葉が使われるようになりました。ブランドの説明でもマーケティングでもこの言葉を見る機会は増えています。だからこそ、まずは「テロワールとは何か」それ自体を考えてみたいと思います。


テロワール(terroir)という言葉はフランス語で、語源は「terre(大地・土地)」にあります。さらに遡るとラテン語の「terra(大地)」に由来します。もともとは村や地域の耕作地を指す言葉で、中世の文献にもそのような意味で登場します。その後、ワインの世界で「その土地が生み出す個性」を表す概念として、世界中に広がっていきました。


Photo by Alfo Medeiros
Photo by Alfo Medeiros

テロワールという概念には学術的にも議論がありますが、私はテロワールは「ある」と感じています。そして私にとってのテロワールとは、雄大な自然のリズムと人間の芸術性が交わる場所です。地球の悠久の時の流れのエッジにある一杯のなにか。それを私が口にするほんの一瞬。その交点には、確かに何か「ある」と感じさせるものがあるのです。



2. 自然のリズムとは、地球の時間そのもの

ここで言う自然のリズムとは、単なる四季の変化ではありません。それは地球が誕生してから現在に至るまで続いている時間の流れです。

例えば日本酒を考えてみます。日本酒の味を大きく左右する要素の一つは水です。しかし水は単にそこに湧いているわけではありません。水の性質はその土地の地質によって影響を受け、地質はさらに遡れば地球の活動によって形作られてきました。


日本列島はプレートの沈み込み帯に形成された島弧であり、火山活動と隆起によって山地が多く形成されています。その結果、山が多く河川が短く、水の循環が速いという環境が生まれ、日本の水の特徴を形作っています。

現在の日本列島の地形も長い地球の歴史の中で形成されてきました。約2億〜1億年前に日本列島の基盤となる地質が形成され、約2000万〜1500万年前に日本海が拡大して日本列島が大陸から分離し、その後約500万年前から現在に至るまで火山活動と隆起によって山地や盆地が形成されてきました。

つまり日本酒の一杯の水の背後には、数百万年から数億年という時間が存在しています。



3. 自然だけでは酒は生まれない——人の芸術性

しかしその自然の歴史や条件だけでは酒は生まれません。その水を使い、米を育て、発酵を導き、味として表現するのは人間です。だからこそテロワールとは、地球がつくった条件と人間の芸術性が交わる場所なのだと思います。

重要なのは、テロワールが存在することと、それを表現したプロダクトが存在することは同じではないということです。自然は存在します。しかしそれを味や形として表現するのは人間です。それを表現できるかどうかは、人間側の営みによる部分が大きいのです。


さらに言えば、テロワールがあること、それを表現するものがあること、それを感じ取る感性があること、そしてそれらを理解することは、それぞれ異なる次元の話なのかもしれません。

もしテロワールを自然を描く絵画だと考えてみるとします。その絵を描くのは人間です。すると極端に言えば、絵描きが座っている椅子の座り心地さえ絵に影響しているかもしれません。しかしその影響を私たちは知ることができません。


Photo by Hokusai
Photo by Hokusai

さらにその絵がどのような環境で保管されるか、どのようなインフラによって守られるかも作品の価値を支える重要な条件です。それでも私たちはそうした条件を直接テロワールとして語ることはあまりありません。しかし現実にはそうした無数の条件によって一つのプロダクトは支えられています。



4. Terroir = 自然 + 人 + 技術 + 文化 + 体験


ここまでテロワールを一つの大きな概念として語ってきましたが、理解のために少し分解して考えてみることもできます。私の中ではテロワールは次のような要素の重なりとして捉えることができます。



しかしこの五つの要素をすべて理解することはおそらく不可能です。自然の時間、人の営み、技術、文化、体験。そのすべてが重なって一本の酒やワインになります。



5. わからないままでも楽しめる——テロワールのロマン

理解とは単に答えを見つけることではありません。むしろ物事を深く考えれば考えるほど、わかることよりもわからないことの輪郭が見えてくるものなのだと思います。そして最終的には、その存在を受け入れることなのではないでしょうか。


だからこそ人は、わからないことを、わからないままでも楽しめる。そこにこそテロワールを追い求める意味があるのではないかと私は思います。雄大な自然のリズムと、長い長い地球の歴史が運んできた何かを味わう瞬間。すべてが交わる場所や時間。その情緒を、たとえすべて言葉にできなかったとしても、私はそれをロマンと呼びたいと思っています。



著者プロフィール


中村 ローレンス 義仁

Sommelier

シドニーで修業後、蕎麦懐石の支配人として店舗立ち上げから運営を牽引。「The Best Sake List in Japan 2020」「Most Original Wine List in Asia 2020」「Asia Star Award 2021」など国際的な受賞歴を持つ。現在は都内飲食企業のサービス・ビバレッジ責任者を務める傍ら、Apoptosisで日本茶飲料をはじめとするノンアルコール飲料の開発に取り組む。真空管アンプの温かみのある音が好き。



FOR FOOD & BEVERAGE PROFESSIONALS

料飲の体験を、ノンアルコールで拡げていく。

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